孤忠留魂之碑

 

孤忠留魂之碑

映画「日本の一番長い日」が改めて作られましたが、その主要な登場人物として「宮城事件」の首謀者と呼ばれる陸軍の畑中健二少佐がいます。「孤忠留魂之碑」という畑中少佐ら四士の慰霊碑が、東京都港区愛宕の青松寺に建っています。

私が孤忠留魂之碑に初めてお参りしたのは、もう20年前になるのでしょうか。我が母校、拓殖大学の理事長を勇退された椋木瑳磨太先生のお供をしてでした。8月14日に孤忠留魂之碑をはじめ、現在の防衛省の敷地など都内各地にある慰霊碑を巡拝いたしました。畑中少佐については、陸軍の先輩にあたる拓殖大学海外事情研究所所長をつとめられた吉原政巳先生から伺う機会もあり、今では貴重な経験だったと、両先生には感謝しております。

さて、孤忠留魂之碑ですが、青松寺本堂裏にある愛宕山の墓地に建てられています。山を登ると墓地の門が2ヵ所ありますが、そこにはお花やお線香を取り扱うお店もありますから、尋ねるとよいでしょう。墓地が分からない場合もあるでしょうから、寺務所で尋ねれば間違いないでしょう。孤忠留魂之碑の隣には「旧山口藩出身御親兵死没者合祀之碑」そして、肉弾三勇士の像(おひとりのみになっています)や碑も並んで建っています。孤忠留魂之碑は、畑中少佐らの至誠を後世に伝えるものです。1人でも多くの方に知っていただきたいと思います。

下記に碑文を紹介します。

<表面>
國體護持 孤忠留魂之碑

<裏面>
陸軍中佐 椎崎二郎
陸軍少佐 畑中健二
陸軍少佐 古賀秀正
陸軍大尉 上原重太郎

大東亜戦争終結に際し 護るべからざる講和条件即ち国体護持の確認こそ日本国民の果たすべき責務なりとし 上記四士は畑中健二主導のもとに近衛師団の決起を策し 大事去るや従容自決す これ宮城事件なり
その孤忠留魂の至誠は神州護持の真髄といふべく 仰いで茲にこれを継述せんとするものなり
昭和五十九年秋 有志建之

三澤浩一(81期)