雄弁会弁論原稿の紹介「高齢都市問題」
第9回桜弁会杯争奪学習院大学弁論大会(12月19日、学習院大学目白キャンパス)=7弁士
優勝 長嶋恒輝(拓大1年)演題「高齢都市問題」
準優勝 生内雄之介(日大1年)
審査員特別賞 正司泰智(法大1年)
拓大Culture!にも掲載されていますのでご覧ください。
導入
私はなぜか、昔からよくお年寄りに好かれる。今思えば、幸福の中に生活していたのだろう。昔ながらの厳しさを持ちつつも、常に優しく甘やかしてくれていた祖父母のおかげか、私はお年寄りを見かけるたびに暖かい感情を抱く。
それが、お年寄りには解るのか、度々見ず知らずのお年寄りに声を掛けられる。この半年余り、都会に出てくるようになって一層そういう機会が増えた。そして私は、どうせ働くなら面白いことを、と思っていたせいもあり、介護の求人を見てすぐにこれだと閃いた。
しかし、都会の介護の求人は意外にも多い。私は数ある求人を無作為に選び、シフトの合いそうな所に連絡を取った。ところが後日、すぐに職場へ向かったのだが、老人ホームの多いこと多いこと。駒込駅から徒歩十二分と書いてあったのに、二時間ほど道に迷いながら何件ものホームを訪ねたが、一向にたどり着けなかった有様だ。
そして、再び職場を探す中、東京の高齢者に危機が訪れているといった話題を目にした。
現状分析
では、東京にはどんな問題が隠れているのだろう。よく待機児童が取り沙汰されるが、この数は、都の福祉保健局の発表で約八千。これはこれで問題だろうが、それに対し、俗に待機老人と呼ばれる高齢者は、厚労省の統計によれば、4万3千を超えている。
確かに、都会には優秀な病院が多い医療集積地だが、それは高度な医療が行える場所であって、決して病床数が多い訳ではない。東京圏の一都三県は一人あたりの病院数、病床数共に四十位以下で、最下位もこの中から出ている。
また、国交省の首都圏白書によれば2012年段階で人口十万人当たりの病床数は940で全国平均1336に比べ大きく下回っている。また65歳以上の10万人当たりの老人福祉施設の定員も、全国平均509を大きく下回る315である。にもかかわらず、東京の介護施設利用者は2010年に比べ、25年には2,5倍になると試算されており、厚労省の調べでは25年までに38万人の職員不足が起こるとされている。
重要性
では、この便利である東京の何が問題なのか。
まず一点目、東京では、その発展を支えた団塊の世代が急速に高齢化の波を迎えているが、医療、介護体制がまるで追いついていないことだ。現在、東京圏の一般病床の需給率は九割に上り、一般患者はおろか、急患さえも受け入れがたい状況に陥りつつある。故に、俗にたらい回しと揶揄される、受け入れ拒否をせざる負えない現状が生まれているのだ。
二点目、同氏によると、15~45歳の人間が使う医療資源を一として、65歳で6,5倍、75歳では10倍もの医療資源を消費するとされている。団塊の世代の方々が25年には75歳前後になるため、都会ではこれから『急激』に高齢者医療の必要性が増してくる。
三点目、これに加え、介護資源などの不足などの原因によって、多くの介護離職者が増えてきていることだ。2012年までの5年間で介護離職者は約49万人に上り、毎年10万人近くが離職している計算になる。中でも働きながら介護4、50代男性は69万人、過去五年で約10万人、さらにこの内、半数近くが四十代で介護離職をしている。
四点目、こういったベテラン層が会社を離れるのは企業の痛手でもあり、延いては日本経済の痛手でもある。さらに、介護後の再就職の問題もあり、この年齢ではまともな仕事につけず、行政の世話になれば、行政にとっても大きな負担となる。
最後に五点目。消防庁の救急統計から救急搬送の平均所要時間では、東京は51.8分掛かり、最短の福岡より24.2分遅い全国最下位であることが判明している。救命救急における一分一秒の重要性は、よもや言うまでもないだろう。
原因分析
そもそも、東京は経済に主眼を置いた都市であり、高齢化対策は後回しにされがちであった。
そして、問題である医療と介護。足りないなら作ればいいじゃないか、と一口にいったのでは解決にならない。無論、東京の土地は高額で、用地の確保の困難さもさることながら、ようやく建ててもその高額な施設費は、使用料やサービス料に反映されることは想像に難くない。
しかも、この短期間における、急激で集中的な需要に対して設備を整えたところで、すぐに使われなくなって、採算も取れないだろう。
解決策
では、どうすれば解決するだろうか。
すでに前述の通り、これはもはや東京単独での解決できる問題ではない。
ともすれば、問題の解決は地方に求めるしかないのではなかろうか?
地方は、すでに高齢化の波を越え、人口減少と言う段階に至っている。また、病床数も多く、その需給率は五割程度となっている。これを使わない手はないだろう。
だが、居住を需給にあわせて強制もできない。しかし、高齢者の多くは医療や介護を求めている。つまり高齢者に、自発的に地方へ目を向けようと思える、動機付けをしなければならない。
まず一点目、団塊の世代向けに、東京の医療や介護の体制が限界に達しているとの周知活動を、都が積極的に行うことだ。医療業界では先ほどの亀田氏をはじめとして多くの人が警鐘を鳴らしている。しかし、オーバーシュートと呼ばれる非常に危険な状態に陥りつつあることを、多くの人々は知らずに過ごしているのだ。
二点目、地方、移住先の魅力を積極的にあげる努力をする。元々、その多くが地方からの移住者である団塊の世代は、東京で生まれ育った人よりも幾分フットワークも軽いだろうし、旧縁を温める機会にもなる。今は国交省が積極的に取り組んでいるコンパクトシティ等があり、これに一つかませてみるのもいいだろう。病院を中心とした町づくりに、その地域の特徴、例えば名山があれば登山関係の業者を集めつつ、高齢者にガイドの仕事や山岳清掃の仕事を委託する。そうすることで、お年寄りはやりがいを感じ、楽しく趣味に生きながら、趣味を通じた友人も作れる。こうした団体に所属する人には、介護費用が割り引きされるように、行政がこうした団体との橋渡しをする。本来行政がするべき負担も軽くなり、健康寿命が延びれば本人も親族も喜び、医療費が浮くぶん行政の財政にも優しい。
三点目、こうして様々な魅力を持つ地方を東京が積極的に紹介していく役所を設立する。定年退職などで年金生活をする、収入がどこでも一定の人からすれば、物価の安い地方に行くことで得られるメリットもあるだろう。こう言ったことを告知するためにCMなりを昼間に打ったっていい。東京が今から急いであれこれと無理な政策を打つより、これらの政策を打つ方がよほど安上がりですむだろう。
締め
世には高齢者に対して心無い声を聞くが、今まで国に貢献してくれた人々に敬意を抱き、世話をするのは当然の勤めだ。しかし、我々にも限界がある。これを、高齢者の方々にも、そして若者にも今の危機をしっかりと理解し、皆が共に将来の不安を解消して暮らせる事を、目指して行ってほしいと私は切に願う。
御静聴、ありがとうございました。