満洲航空 空のシルクロードの夢を追った永淵三郎

 

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杉山徳太郎(論創社、3,500円+税)

著者は立教大法学部―東京・神保町すずらん通りで家業の室内装飾業を営む。このノンフィクションは、すでに8年前にほぼ完成していたが、出版社の都合で世に出るのが遅れた。そもそもは中華大陸の西域ホータン・オアシスで絨毯工場と絹工場の経営者アルメニア人に強い関心を抱いたのが始まり。じゅうたんから駒が出た、と言ってもよかろう。これにドイツのルフトハンザ航空が満洲航空と「空のシルクロード計画」を図る。

蒙古放浪歌の世界

当時の日本は国際線を保有できなかった。その夢は大東亜戦争の敗戦で消えたが、満鉄に負けじと広大な内モンゴルを舞台に活躍した日本人の業績は、戦後1950年以降の民間航空再開に役立つ。文中、拓大卒の満洲航空2人の青年にも注目したい。佐賀県出身の井原半三と新潟県立小千谷中学出身の鈴木佑二の両氏が1936(昭和11)に入社。井原氏は航空燃料ガソリン輸送隊長として張家口から40日かけて1200㎞内モンゴルのアラシャンの定遠営に到着した。ラクダ140頭の背に9リットル入り石油缶を1000缶(計9000㍑)隊列は前後2㎞に及んだ。まさに「蒙古放浪歌」の世界ではないか!しかし氏は終戦後、外モンゴルに抑留され、病死となる。

一方の鈴木氏(31期生)の方は大学で専攻した中国語の通訳として働いた。満洲航空社員であると同時に関東軍司令部嘱託でもあった。(M)

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