さようなら疋田周二さん
10月31日未明、もと拓大レスリング部監督(87~93年)疋田周二さん(71期)が天界へ旅立った。61歳。心臓疾患のため、神奈川県葉山ハートセンターで療養中だった。7月22日にはロンドン・オリンピックのレスリング選手団壮行式兼全国少年少女レスリング選手権大会(代々木第1)に一家で顔を出したのが見納めとなった。8月12日夜はテレビで米満後輩の金メダル獲得を知り、笑顔を浮かべたが、以後意識は遠のき、10月21日に同期枝本秀人・佐々木悟OBが見舞ったときも、ようやく薄目を開けた容体だったという。
帝京大教授だった
通夜・告別式は11月3~4日、栃木県壬生町に各600人の弔問客が集まった。引きも切らずという形容詞句が当てはまる光景だった。中でも故人が創設し、育成して来た「みぶチビッコレスリング教室」の男女幼児から小・中・高生の全員が声を上げて泣きながら焼香し、遺影に手を合わせて退場する姿は哀れを催すとともに感動的でさえあった。これで十分に故人の遺徳をしのぶことができた。
疋田氏は1950(昭和25)年12月7日茨城県常陸大宮市生まれ。東京・帝京高校から拓大政経学部へ。在学中はレスリング選手として活躍した。国体には10回出場のほかクレー射撃でも2度。レスリング5段と柔道3段。77年に疋田整骨院を開業したが、2010年帝京大学医療技術学部柔道整復学科教授となった。著書・論文も「ある地域における糖分(白糖)の過摂取に起因するCa欠乏と骨折の関係についての統計的考察」「少年少女レスラーと外傷」など6本を数える。
レスリング一家
家族は妻と2男1女でレスリング一家。長男で喪主の卓也さん(100期)長女綾子さん(短大51回)とも拓大レスラーだった。京都府出身の五宝龍郎OB(108期)も疋田整骨院で故人を師と仰いだ。
帝京大学の学科長始め、レスリング界から小幡(旧上武)洋次郎オリンピック金メダリスト(オクラホマ州大)磯貝頼秀オリンピック代表(習志野高―早大)そして母校からロンドンオリンピック金メダル米満達弘3等陸尉(同日、秋の褒章式)同銅メダル湯本進一2等陸尉(同、入間基地航空祭出席)なども続々参列した。
宮澤正幸(51期)