石丸和明(82期)の上海支部交流記

   2014/07/03

石丸和明(82期)の上海支部交流記

20年前、天安門事件の年に、偶然訪中して以来、何かと中国に関心を抱いていた自分も、最近中国熱の高まりと共に、常に、中国への旅を夢見ていた。又、拓大関係の本を時々愛読している自分は、その中で大先輩である渡辺吉治氏(学41期)の一文がどうしても忘れられなかった。(拓大学寮等の回顧と資料 P55~P57)
そんな自分がふと目にしたのは、社報で見つけた中国への植林ボランティアの募集掲示であった。日程的には、3連休に有給を2日つけただけの4泊5日という超短期ボランティアであった。その場ですぐ申込み参加したのは2年前のことだったが、今年の5月にも同ボランティアで再訪した。
そこは、ほぼ人為的な理由からわずか半世紀で広大な草原が砂漠化してしまったという内蒙古自治区東部の通遼市周辺にあるホルチン砂漠というところであった。
平成17年7月に初参加して以来、その植林参加者が出席する懇親会に毎回参加するようになった。そこで衝撃的な話に遭遇し驚いたことがあった。それは、その地で共働植林をしている高校から日本への留学者が出現したというのである。それも進学先がなんと”拓殖大学”であると会場で紹介されたのである。
今回の(5度目となる)訪中は、その拓兄(呂洪亮 学105期)が在学していた時から一緒に語り合った楽しい旅行計画が実現したものである。
中国国内の旅に関しては、全ての旅程と予約を彼が行ってくれた。その中でもっとも楽しかった出来事の一つが上海支部の学友との交流であった。
7月に入り渡航が決まると、8月のお盆休み前にお会いして頂くことになった。
そして、8月9日(木)午後7時00分から上海市延安西路にあるレストランの一室に上海在中の学友が集い、自分もそこに参加させて頂いた。自分を含めて10名の学友が仕事のある中、終業後に集まったのである。
当日は、集まった者同士、飲みながら全員が揃うのを待ち雑談した。そして、10名が揃うと笑い話を交えて自己紹介を始めたが、その時点で宴席はかなり盛り上がっていた。
90,100期代の学友が60%を占める飲み会は若さがみなぎっていたが、宇佐美、長塩、飯島の各先輩との年齢差は全く感じない一体感があった。
各学友は、中国の地で仕事に励み、親睦をとても厚くしており、自分もその我の中へ入れたことは感激であった。「蒙古放浪歌」「男の酒」を誰となく歌い始めると自然に手拍子が沸き上がり、拓大ならではの味を感じた。
中国では「石を投げれば拓大に当たる。」という話を先輩から聞いていたが、旅先でこのような飲み会に出席出来たことは、昔から聞いていた、その言葉を思い出し、大きな旅の思い出として我が家のアルバムに大切に保存している。
飲み会で出会った学友の皆様、本当に有難うございました。

出席者:宇佐美先輩(相撲部OB,日通OB)、長塩亘吏先輩、飯島博美先輩(歌集、和弓OB)79期、安 青(91期)、新田真也、中村素子(98期)、芹澤智宣(100期)、孫琦、呂洪亮 (105期)

石丸和明(82期)