兄弟の江 上・下巻

   2014/05/04

兄弟の江①

原作 李 憙雨 編訳 朴 仙容(竹書房 定価 上・下各1800円+税)

全国の主要書店で発売中!(インターネットでの購入も可)

朴 仙容(南川 仙容)

1947年 福岡県小倉市生まれ 在日韓国人二世
拓殖大学卒業(67期)、民団小倉支部、出版社勤務、実業家を経て、1990年 ソウルで青年娯楽情報誌「HOT WIND」を創刊。

「兄弟の江」 に想う

福岡県支部 岩武 光宏

本書は、韓国で大きな反響を呼んだ社会派ドラマ「兄弟の江」(きょうだいのかわ、1996年)の完全小説化である。社会派ドラマとしては、軍政終焉後の韓国で初めての作品であるという。この記念碑的作品のノベライズ(小説化)の大偉業を成し遂げたのは、学友である朴仙容(南川仙容)氏(67期)だ。ちなみに、ノベライズの作業に5年を費やした超大作である。

かつて、氏は「親韓親日派宣言」(亜紀書房、1997年)を上梓。日韓軋轢のなかにおける自身の様々な経験や想いを等身大で表現している。在日コリアンとして、日韓双方の歴史観の相違を熟知する氏ならではの鋭い視点は刮目に値する。氏は、ライフワークとして、「在日コリアンの歴史観を表現したい」を掲げ、その「存在価値を示したい」と気宇壮大である。バイタリティ溢れる氏の活動足跡は拓大精神そのものである。

具体的には、①「日月」…日帝時代のキーセンハウスを舞台にした物語
②「徳」…朝鮮戦争をテーマ
③「兄弟の江」…60年代軍事政権下の家族愛

以上の3部作が完成すれば、「韓国激動の時代が浮き彫りになり、韓国近現代史における歴史観を涵養する一助になるもの」と、氏は熱く語る(今のところ、③のみ完成、①、②、および「郷魂」という在日コリアン百年史を背景とした小説にも取り組む予定)。

ある歴史学者は、「歴史とは国民の記憶である。記憶は真実に近いが真実ではない」という。そもそも「国民の記憶」とは、万国共通でご都合主義に陥りやすい。

朴仙容氏は、「もはや日韓は、歴史認識の相違でその正誤を論争する時代ではない。相手国の国民の記憶を認識し合う時代だ。それぞれの歴史がそれぞれ国民の民族性を育んできたのです」と力説する。

さて、話を戻す。本書では、韓国社会を表現しつつも、「日本人が失ったモノ」をも見事に示唆している。すなわち、「愛情」、「友情」、などが克明に描かれており、普遍的な家族愛のカタチは読者の琴線を大いに揺さ振るものであろう。

物語の舞台は、「密陽」(ミリャン)という韓国の南東部にある人口12万弱の地方都市である。また、時代背景は1960年代初頭から1970年代後半までの韓国社会となっている。朝鮮戦争休戦(53年)以降、南北朝鮮分断の悲劇は生じるも、韓国は「漢江の奇跡」とも評された高度経済成長期へと着実に突入していく。言い換えれば、韓国社会そのものが貧しいなかで庶民が明日への生活に夢と希望を抱く時代でもあった。

登場人物の徐福万一家は、当時の代表的な韓国庶民像といえよう。家長の徐福万は、家族に対して乱暴に振る舞う頑固親父である一方、長男・俊秀の将来に期待を寄せながら溺愛する。次男の俊植は、横暴な父と冷酷な兄を受け入れながら、家族のために懸命に尽くす。妹の貞子も父兄によって犠牲にされるが、自らの夢を貫いていく。徐家の近所の友人・朴賢世・呉仁淑夫妻も密陽一の秀才である俊秀に対して物心両面での援助を惜しみなく続ける。また、朴の娘・素姫は俊秀に惹かれていくものの、裏切られ、転落の人生を歩んでいく。物語は徐一家の親子を中心に急テンポで展開する構成(上巻・8章、下巻・6章)となっており、読者を圧倒的な吸引力で囲い込む。とりわけ、兄弟それぞれの人生行路は対照的であり、さまざまな問題提起を投げ掛けている。

たとえば、次男・俊植の生きざまには、日韓共通の東洋的価値観を見ることができる。それは、東洋人の美風たる道義心であり、いわば、南洲翁的な包容力でもあろう。

他方、徐福万と俊秀の親子関係には、「孟子」の「父子の間は善を責めず。善を責むれば則ち離る。離るれば則ち不祥焉より大なるは莫し」(離婁章句上十八)を彷彿させられる。つまり、父は子に対して、あまり道義的要求をするべきではない。それをすれば、父と子は離れ、疎くなる、そのことから良くないことが起きる、という意味である。これは、いわゆる躾とは全く別の問題である。子から見て、父とは自発的な敬いの対象であって、父から子へ強制的に道徳を押し付けると、反発したくなるのが人情ではなかろうか。すなわち、人間として、もっとも基本的な関係である肉親ほど、愛情のカタチは難しいのである。

まさに、本書は、韓国社会の「光と影」、「家族の絆」を余すところなく浮き彫りにしている。大統領の側近となって超エリートの道を突き進む長男・俊秀。ヤクザの頭目となって裏社会で活躍するようになった次男・俊植。骨肉の争い、くるおしいまでの家族愛の運命は、下巻の第十四章(最終章)「家族の肖像」で衝撃のクライマックスを迎える…。あくまで、読んでからのお楽しみであって、ここでは核心部分に触れないこととしたい。したがって、多くの学友諸賢に本書を読んでいただき、人間社会における普遍的な愛情のカタチと東洋人の美風を味わっていただきたいものである。

兄弟の江②兄弟の江③