学友会沿革
拓殖大学は、明治33年(1900年)、後の総理大臣 桂 太郎公爵を校長に台湾協会学校として創立されましたが、歴史の変遷と共に7度の校名変更を経て、平成12年(2000年)には創立100周年を迎えました。
明治36年7月、台湾協会学校は初めての卒業式を挙行、43名の卒業生が巣立っていきました。拓殖大学が「海外で働く人材の養成」を校是としていたことから、 当然のことながら卒業生の多くが海外に出て仕事に従事していたこともあり、多くの卒業生から”学友間の連絡を密にしたい”・”母校との連携をとりたい”いう声が出ま した。
大学創立より10年を経た明治42年(1909年)3月29日、東洋協会において在京卒業生総会を開催し、東洋協会の門田正経幹事長を会長に同窓会が設立されました。設立に際し小松原英太郎東洋協会副会頭(後の第2代校長)は「卒業生の同窓会を開くことは最も必要なること認む。殊に本校の性質たる皆海外に於いて業務に従事する者なるを以て、学校と出身者との連絡は最も緊要なり」と述べているが、今日にあってもこの精神は連綿と受け継がれており、学友会は卒業生同士の親睦と母校の隆盛を側面から支援・協力しています。
年号 | 月 | ※緑字は学友会関係 |
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明治31年 (1898年) |
4月 |
台湾協会創立大会開催
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明治33年 (1900年) |
6月 |
「台湾協会学校」の設立認可
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9月 |
桂太郎子爵初代校長に就任、和仏法律学校(現法政大学)仮校舎にて開校
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明治34年 (1901年) |
11月 |
台湾協会学校小石川区茗荷谷に新校舎を建設、移転開校
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明治36年 (1903年) |
7月 |
第一回卒業式挙行(卒業生45名)
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明治37年 (1904年) |
4月 |
台湾協会学校を台湾協会専門学校と改称
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明治40年 (1907年) |
1月 |
台湾協会は東洋協会と改称、校名も東洋協会専門学校となる
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10月 |
京城分校開校(現韓国)
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明治42年 (1909年) |
3月 |
東洋協会専門学校同窓会創立
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9月 |
「同窓会会報」第一号発行
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明治43年 (1910年) |
9月 |
東洋協会旅順語学校、同大連商業学校開校
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明治45年 (1912年) |
4月 |
母校の開校以来の業績に対し、明治天皇より恩賜金を賜せらる
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大正 元年 (1912年) |
8月 |
桂校長、内大臣兼侍従長に補せらる
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大正 2年 (1913年) |
10月 |
初代校長 桂太郎公爵薨去(享年67歳)
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大正 3年 (1914年) |
3月 |
恩賜記念講堂落成式を挙行(大2年3月起工)
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7月 |
東洋協会「財団法人」より「社団法人」に改組
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11月 |
恩賜記念講堂開館式並びに桂公銅像除幕式を挙行
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大正 4年 (1915年) |
8月 |
校名を「東洋協会専門学校」より「東洋協会植民専門学校」と改称
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大正 7年 (1918年) |
4月 |
京城分校は分離され「東洋協会京城専門学校」となる
校名を「拓殖大学」と改称 |
5月 |
同窓会を「学友会」と改称
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大正 8年 (1919年) |
11月 |
創立20周年にあたり、校歌制定(宮原民平作詞・永井建子作曲)
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大正 9年 (1920年) |
5月 |
「東洋協会京城専門学校」を「私立京城高等商業学校」と改組・改名
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大正11年 (1922年) |
6月 |
大学令に基づき「東洋協会大学」の設置認可され、校名を改称
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大正12年 (1923年) |
7月 |
記念図書館竣工
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大正14年 (1925年) |
3月 |
専門部の設置認可(夜間)
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大正15年 (1926年) |
12月 |
校名を「東洋協会大学」より再び「拓殖大学」と改称
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昭和 6年(1931年) | 4月 |
烈士脇光三建碑除幕式
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昭和 7年 (1932年) |
4月 |
茗荷谷校舎本館落成式(昭和6年2月起工)
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5月 |
北多摩郡久留米村に総合運動場を開設
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昭和 9年 (1934年) |
4月 |
専門部の拓殖科、法律科、商科の各科廃止、拓殖大学専門部とし、昼間授業に改む
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昭和14年 (1939年) |
4月 |
専門部の商科一科制を商科、開拓科、武徳科の三科制とする
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昭和15年 (1940年) |
4月 |
予科を北多摩郡小平村に移転、修練農場、総合運動場を開設、東久留米運動場は廃止、拓殖大学大学研究所を設立
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昭和18年 (1943年) |
4月 |
専門部武徳科を司政科と改む
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9月 |
永田秀次郎学長逝去、「麗沢会」を「報国会」と改組
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昭和21年 (1946年) |
3月 |
校名を「紅陵大学」と改名、拓殖大学専門部は文部省の専門部廃止令にともない校名改名と相俟って「紅陵専門学校」に改称
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昭和22年 (1947年) |
7月 |
学友会戦後第一回総会開催
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11月 |
しばらく休刊していた「学友会報」の発行を再開
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昭和23年 (1948年) |
3月 |
大学予科廃止
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昭和24年 (1949年) |
4月 |
新制「紅陵大学」へ移行、商学部(貿易学科・経営学科)、政経学部(政治学科、経済学科)を設置
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11月 |
創立50周年記念式典挙行
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昭和25年 (1950年) |
4月 |
「紅陵短期大学」(夜間)を開校
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昭和26年 (1951年) |
4月 |
大学院(修士課程)設立、経済学研究科(国際経済専攻)、商学研究科(商学専攻)を設置
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昭和27年 (1952年) |
10月 |
「紅陵大学」を「拓殖大学」と再改名、「紅陵短期大学」を「拓殖短期大学」と改称
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昭和30年 (1955年) |
5月 |
学友会常任幹事制採用
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6月 |
「拓殖大学海外事情研究所」設立
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昭和32年 (1957年) |
6月 |
新講堂(茗荷谷ホール)竣工
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昭和34年 (1959年) |
4月 |
「拓殖大学経理研究所」設立
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12月 |
茗荷谷本校敷地5,400坪買収
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昭和36年 (1961年) |
2月 |
「拓殖大学日本語研修所」を設立
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昭和38年 (1963年) |
4月 |
「拓殖大学日本語研修所」を「拓殖大学語学研修所」と改称
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昭和39年 (1964年) |
1月 |
八王子校地(42万坪)購入契約調印(5月本契約)
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昭和40年 (1965年) |
7月 |
学友会「茗荷谷たより」創刊号発行
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昭和41年 (1966年) |
2月 |
「北海道拓殖短期大学」新設、農業経済科設置
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6月 |
新校舎「S館」竣工
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昭和43年 (1968年) |
11月 |
「拓魂碑」除幕式を挙行(学友会主催)
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昭和44年 (1969年) |
4月 |
「拓殖保育専門学校」を北短に付設
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昭和45年 (1970年) |
4月 |
大学院博士課程設置、大学院校舎「D館」(図書館跡)竣工
恩賜記念講堂表記記念碑S館裏に建立 |
6月 |
赤城山荘(厚生施設)竣工
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8月 |
「B館」(本館裏)竣工
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昭和47年 (1972年) |
1月 |
「拓殖大学留学生別科」設置
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10月 |
「拓殖大学語学研修所」を「拓殖大学語学研究所」と改称
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昭和52年 (1977年) |
4月 |
八王子校舎開校、商学部・政経学部(教養課程)八王子移転、外国語学部(英米語学科・中国語学科・スペイン語学科)八王子新設、八王子校舎第1回入学式(新入生2,686名)挙行、八王子校地第1期工事竣工
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昭和53年 (1978年) |
3月 |
「拓殖大学ユネスコ協会」設立
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昭和54年 (1979年) |
2月 |
カナダに海外提携校を開設(第一期留学生 45名)
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昭和55年 (1980年) |
1月 |
北海道拓殖短期大学「保育科」を新設
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3月 |
「拓殖保育専門学校」廃止
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10月 |
「拓殖招魂社」を八王子校地に移設遷座
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昭和56年 (1981年) |
8月 |
台湾・北京・スペイン・メキシコに海外提携校を開設
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昭和57年 (1982年) |
10月 |
「拓魂碑」「脇 光三記念碑」八王子校地に移築
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昭和58年 (1983) |
12月 |
「拓殖招魂社」放火により焼失
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昭和59年 (1984年) |
4月 |
「拓殖招魂社」再建、祭典挙行
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昭和60年 (1985年) |
3月 |
「管理棟」「図書館棟」起工式
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10月 |
赤城山荘(厚生施設)廃止
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昭和61年 (1986年) |
2月 |
「工学部棟」起工式
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昭和62年 (1987年) |
4月 |
工学部(機械システム工学科・電子工学科・情報工学科・工業デザイン学科)開設
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5月 |
「管理棟」「図書館棟」「工学部棟」竣工式挙行
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平成元年 (1989年) |
11月 |
「西郷隆秀顕彰碑」設立
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平成 2年 (1990年) |
4月 |
北海道拓殖短期大学を拓殖大学北海道短期大学と改称
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9月 |
八王子校舎学生専用駐車場設置
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平成 3年 (1991年) |
4月 |
大学院修士課程(工学研究科・機械システム工学専攻・電子情報工学専攻)を開設
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8月 |
「西郷隆秀先生顕彰碑文の由来記碑」建立
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10月 |
「麗澤会館」竣工
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平成 4年 (1992年) |
4月 |
拓殖大学北海道短期大学新校舎竣工、移転
オーストラリアに海外提携校を開設 |
平成 5年 (1993年) |
4月 |
大学院博士課程(工学研究科・機会システム工学専攻・電子情報工学専攻)、大学院修士課程(工学研究科・工学デザイン学専攻)を開設
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平成 6年 (1994年) |
4月 |
イギリスに海外提携校(2大学)を開設
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平成 9年 (1997年) |
4月 |
大学院博士課程(工学研究科・工業デザイン学専攻)、大学院修士課程(言語教育研究科・英語教育学専攻・日本語教育学専攻)を開設
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平成10年 (1998年) |
4月 |
学友会 第1回パン・アメリカン支部長会議(ブラジル・サンパウロ)開催
八王子キャンパスに学生交流会館竣工 |
平成11年 (1999年) |
4月 |
大学院博士課程(言語教育研究科・言語教育学専攻)開設
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11月 |
言語文化研究所附属日本語研修センター、準備教育を行う過程の指定
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平成12年 (2000年) |
2月 |
「国際開発学部棟」竣工
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4月 |
国際開発学部(開発協力学部・アジア太平洋学科)を開設
創立百周年記念事業「恩賜記念館竣工」 拓殖大学北海道短期大学環境農学科及び経営経済科(改組)を開設(農業経済科募集停止) |
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10月 |
拓殖大学創立100周年記念式典(10月24日)
学友会創設90周年記念式典(10月23日) 学友会第2回世界支部長会議開催 |
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平成14年 (2002年) |
12月 |
取得した日本語教育センター(旧外務省研修所)を国際教育会館と名称変更
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平成15年 (2003年) |
1月 |
拓殖大学日本語学校設置
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10月 |
学友会第3回パン・アメリカン支部長会議(アメリカ・ロサンゼルス)開催
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平成16年 (2004年) |
4月 |
大学院修士課程(国際協力学研究科/国際開発学専攻・安全保障専攻)を開設
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平成17年 (2005年) |
8月 |
学友会第4回世界支部会議(カナダ・トロント大会)開催
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10月 |
拓殖短期大学廃止が認可
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11月 |
拓殖大学創立105周年祝賀会
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平成18年 (2006年) |
4月 |
大学院博士後期日程(国際協力学研究科/国際開発専攻・安全保障専攻)を開設
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平成19年 (2007年) |
2月 |
学友会 第5回世界支部会議(アルゼンチン・ブエノスアイレス大会)開催
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